殺人事件

【大量殺人鬼】ペニーワイズのモデル “殺人ピエロ”ジョン・ウェイン・ゲイシー

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日本でもついに公開したホラー映画「IT/イット」ですが、この映画は実話に基づいています。

殺人ピエロのペニーワイズは実在した人物をモデルにしています。

ということで、今回はITについて詳しく調べていきたいと思います。

実在したモデル

殺人ピエロのペニーワイズは、殺人鬼がモチーフになっています。

殺人鬼の名前は、ジョン・ウェイン・ゲイシー 。

彼の異名は “Killer Crown=殺人ピエロ”

これは本人の写真です。

彼は、“ポゴ”という名のピエロに扮してチャリティーイベントに参加し、そこで捕まえた子どもたちを次々と殺害。

ゲイシーは1972年〜1978年の6年間の間に、9才の男の子から一番上で20才の男性まで、33人もの未成年者に性的暴行・拷問をした後に殺害。

アメリカでも史上最悪の殺人犯と言えるでしょう。

幼少期の闇

ジョン・ゲイシーは1942年3月17日に、アメリカ・イリノイ州に長男として誕生。

彼は、アルコール依存症であった実父による虐待に絶えながら幼少期をすごした過去があります。

そんな虐待から頻繁に失神を起こすようになったゲイシーは、高校を落第してしまい卒業することができませんでした。

しかし、ゲイシーは父親を嫌いになることはできませんでした。

実は二回結婚していた

ゲイシーは、意外にも二度結婚をしています。

初婚は1964年でマリリンという女性。

しかし1968年、16才の少年に性的虐待を加えた罪でゲイシーは逮捕。

それのせいか、当時の妻マリリンとも程なくして離婚。

懲役10年を言い渡されたものの、彼はわずか7ヶ月で高校卒業の資格を取得。

大学の通信教育で心理学などの単位まで取得し、模範囚となり、16ヶ月にして出所を認められました。

そしてゲイシーは、出所して地元イリノイ州に戻りました。

父に認められたいという一心でがんばってきた彼でしたが、その実父は16ヶ月の服役中に死去。

彼にとっての人生の目標はもはや消え失せていました。

次第に殺人に手を染めていく

そして遂にはじめての殺人をおかしてしまいます。

殺害した青年の死体を床下にかくし、その殺人の事実もバレることはありませんでした。

1971年にはシカゴで建築ビジネスを立ち上げ、キャロルという女性と再婚。

そして休日には “ポゴ”と称したピエロになって、チャリティーイベントを盛り上げたりなど、ゲイシーは再び人々から慕われる存在になっていきます。

そういった善人の顔を持ちながら、少年たちを騙し捕まえては殺人に手を染めていったゲイシー。

妻のキャロルが、ゲイシーが所有していた男性同性愛モノの趣味嗜好品を発見したほか、彼が未成年男子らをガレージに連れ込むのを目撃したことから、1976年に二人は離婚。

誰にも監視をされなくなったゲイシーは、離婚成立の1976年から1978年に逮捕されるまでの期間、もっとも多くの殺人を実行しました。

そうして逮捕されたゲイシーには死刑が言い渡され、1994年に『薬殺刑』が執行されました。

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