未解決事件 殺人事件

【未解決事件】池袋駅構内大学生殺人事件

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皆さんは、池袋駅で凄惨な殺人事件があったことをご存知でしょうか?

その名は、「池袋駅構内大学生殺人事件」といい、未解決事件となっております。

今回はそんな池袋駅構内大学生殺人事件についてまとめてみました。

事件の概要

この事件は、1996年4月11日午後11時30分頃、池袋駅の山手線外回り7・8番線ホームで当時立教大学学生であった男性が男に顔を殴られ転倒した際、後頭部を強打し、5日後に収容先の病院で死亡した事件。

被害者の男性は、帰宅途中で犯人の男と何らかのトラブルに巻き込まれたとみられています。

目撃者の証言によると、犯人はその後、山手線で日暮里駅方面に逃走。

被害者の父親が賞金を懸け情報を収集するなどしているが、2012年2月現在、未だに未解決。

池袋駅には犯人の似顔絵がよく張られています。

初めは傷害致死事件として扱われてましたが、2002年7月に被害者の父親が3万5000人分の署名と公訴時効延長を求める嘆願書を法務省に提出。

その結果、傷害致死罪の公訴時効(7年)成立直前の2003年3月に容疑が殺人罪(当時15年・2010年6月時効撤廃)に切り替えられました。

そして、2010年4月に警察庁の捜査特別報奨金制度対象事件となりました。

被害者は誤診で命を落としていた

「実に事件発生から8時間余りの間、息子は手術のできる病院に収容されずに、また適切な治療を受けられずにいて、その結果、命を落としたことになります。
息子は誤診のため命を絶たれたのです。
調べると、日本ではこういった救急病院にまつわる事故が非常に多いようです。そういった現状を改め、これ以上の被害者を出さないことが、せめてもの息子への償いと思い、告訴に踏み切りました」

被害者の父親は、被害者が緊急搬送された「I病院」の医療ミスで命を落としたと病院側を告訴。

「I 病院」は、池袋周辺で唯一「なんでこの患者を運ぶんだ」と、救急車に文句をつける"ような救急病院だったそう。

被害者が亡くなった後、病院側と担当医師は、ただ「息子さんを助けるために一生懸命やりました」と繰り返すばかりで、被害者のカルテさえ見せてくれませんでした。

邦三郎さんは、病院の問題だけでなく、根拠のない中傷報道等、様々な問題にも直面しました。

遺族の執念

事件当初は単なる傷害事致死事件ということで、警察も捜査に熱心ではありませんでした。

その時の池袋駅には、犯人の似顔絵もついていない、ただ情報提供を求める看板が一つだけしか掲げられてありませんでした。

あわてて遺族側は警察に交渉、立て看板を5つに増やしてもらい、同時に似顔絵も添付。

さらに、マスコミにも呼びかけて、広く事件への関心を呼びかけました。

父親は、手製のビラを20万枚刷り、山手線、西武池袋線、東武東上線、常磐線などの主な駅をめぐりました。

最初は、広告と同じ感覚で受け取られたようで、殆どの駅に断られたようです。

日本では、被害者側が積極的に犯人追及に動くことがほとんどないく、被害者側が積極的に犯人追及に動こうとすると、数多くの障害に逆に直面することになるようです。

真犯人は慶応生

実は現場を目撃していた一人が、犯人を渋谷で見かけたと言う証言がありました。

『天狗』という居酒屋で、学生風のグループと一緒に飲んでいたそうです。

その情報を受け遺族側は、山手線近郊の大学関係を全てまわって事件を知らせるポスターを貼ってまわったそう。

しかし、ただ一つだけ断られた大学がありました。

その大学の名は、、、、

慶応大学

他の大学が、同じ大学生が被害者ということで、快く協力してくれたにもかかわらず、慶応大学だけは、頑にポスターの掲示を拒びました。

理由は「顔写真の載ったものは提示できません」の一点張り。

結局、いまだに断わられたままだそう…

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