強姦事件

【計画的集団強姦事件】スーパーフリー事件

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皆さんは「ヤリサー」という言葉が一般的に知られるようになったきっかけの事件があるのをご存じだろうか。

いわゆる大学のサークルで集団的に性行為を行うサークルのことだが、このような集団が日本で初めてかつ最大の被害をもたらした事件である。

その名も『スーパーフリー事件』。

某有名大学にて計画的かつ集団的に行われた強姦事件である。

今回はこの事件について紹介していきたいと思う。

また見ていて気分が悪くなる方もいると思うが、あまりにも卑劣かつ非道な犯行だったため、できるだけ多くの方に知ってもらうべく、今回紹介するに至った。

そのため閲覧注意となっている。

スーパーフリー事件とは

スーパーフリー事件は、有名私立大学の早稲田大学の公式団体、スーパーフリーが2003年5月迄にかけておよそ数百の被害を引き起こした集団強姦事件。

平成の性犯罪史に名前を刻んだと言っても過言でない程の事件で、その犯行は陰湿かつ非道で相手の尊厳を踏みにじる行いだった。

早稲田大学のインカレサークル「スーパーフリー」のメンバーは、女子大生らへの輪姦を1998年4月頃から常習的に行っていた。

スーパーフリーの代表者はディスコや音楽業界にコネがあり、六本木のヴェルファーレ等で1000人~3000人規模のイベントを開催。

メンバーらは、そのようなイベントの二次会等で女性を酒に酔わせ、輪姦する犯行を繰り返していた。

輪姦された女性の数は数百人以上に上り2003年5月18日に警察に被害届が出されたことで発覚。

取調べにより多数の事件が判明するも起訴されたのは3つの事件のみであった。

早稲田大学の他にも学習院大学、慶應義塾大学、東京大学、日本大学、法政大学といった首都圏の有名大学出身の学生ら合わせて14人が準強姦罪で実刑判決を受ける。

被害者が多数いるにもかかわらず、起訴されたのは3件の輪姦のみで関与した多くの者が未逮捕のままとなった。

被害は400を超えているそうで、届が出たものは30件と多いと思われますが、未だに9割が黙っている。

この非道な行いで屈辱的な思いを味わわされたにもかかわらず、泣き寝入りされた方がほとんどということだ。

中には自殺した方も…

ちなみに事件発覚時には早稲田大学はスーパーフリーを公認していなかった。

主犯の生い立ち

https://www.google.com/url?sa=i&url=https%3A%2F%2Fnote.com%2Fshukua2020%2Fn%2Fnd32949c65712&psig=AOvVaw19KoxF7c_1-jESgvQtca_M&ust=1631948901019000&source=images&cd=vfe&ved=0CA0Q3YkBahcKEwiQxvXauYXzAhUAAAAAHQAAAAAQDw

代表および、主犯である和田信一郎は新潟県出身者。

1981年に新潟大学付属新潟小学校に入学。

1987年に一家で上京、三鷹市立小学校に入学。

1990年に東京都立三鷹高等学校入学し1993年に卒業。

中学、高校の頃の同級生からは目立たない存在だったと言われてる。

その後1994年に早稲田大学政治経済学部に入学。

1995年から2003年の間、約8年間代表を務めました。

大学に在籍できる期間を最大限利用したいわゆるプロ学生だった。

その間に有限会社も設立。

イベントサークルの代表という立場でありながら容姿はぱっとしなかったという。

見た目はアニヲタのようだったとも言われており、部屋にはアニメもポスターやフィギアなどが散乱していたようだ。

スーパーフリー自体は和田真一郎が代表となる前から存在したが、その頃は活動が停滞することもあった。

代表を務めてからスーパーフリーが活発に活動し始めたと言っていい。

代表の父親は厳しい人間で、厳しいしつけで育てられてきた。

父親は土建屋で小学生の頃から重機やクレーンの操縦方法を教えられたこともあり、人前であくびをしても殴り飛ばす、そんな厳格できびしい父親だったようだ。

8歳の時には新潟から北海道まで一人旅をさせられ、幼い代表者が一人で長距離切符を買う姿を見て心配した周囲が連絡をしてきたという。

主犯の小学校での成績はクラスで1、2番であったが、中学高校時代には父親とほとんど口を利かなくなった。

代表が通った高校の校長は、事件後のインタビューにおいて、父親が変わり者だったようだと話した。

大学受験の際、三国志が好きだった代表者は文学部史学科に進学を当初希望していたが、しかしそれでは就職が難しくなると考え直し、経済学部を受験。

反抗期ですらつかみかかるような反抗はなく、ただ怖い父親だと思っていた。

その後、「俺は汗水流すのは嫌いだ」、「俺は親父のような生き方はしない。気楽に生きていく。だから関わらないでくれ」と告げ、この親子は関わることがなくなった。

そして現役合格した中央大学経済学部に1993年4月に入学。

大学では遊びたいという願望があったが、八王子の山の中で過ごすキャンパスライフは理想とは程遠く、別の大学への再受験を考えるようになる。

ゲームセンターでバイトして得た給料で予備校に通い、都心の大学を受験。

早稲田大学の政経学部に合格し、1994年4月に入学することとなった。

この件に関して父親は納得しておらず入学金は出さなかったそうです。

父親は親の義務だと考え学費は支払っていたようだ。

ですが面倒を見るのは4年間までで、4年間で卒業できなければ面倒は見なかったとのこと。

結局、2000年に授業料未納で除籍。

その後二年間は学生の身分ではなくなったが、ですがこの間すでに法人化した「有限会社スーパーフリー」を運営していたと見られる。

そして2002年に 早稲田大学第二文学部再入学を果たが、2003年、早稲田大学第二文学部退学処分。

また、代表は中央大学時代、交際した女性にて初体験を経験。

普通のサークルが犯罪集団になるまで

早稲田大学入学直後の代表者が高田馬場の駅前を歩いていると、スーパーフリーに所属していた代表者の先輩が偶然声をかけた。

これが代表者とスーパーフリーの出会い。

スーパーフリーは早稲田大学に1982年に設立された老舗のイベント系サークルだったようで、代表者が入った時点では飲み会を月1回開くのが主な活動だった。

早稲田大学の2年生になった1995年6月頃に第15代の代表の座に就いたが、その時点では中心スタッフが男3人だけの小規模なサークルであった。

1995年9月から代表者は六本木のヴェルファーレでバイトを始め、大学にはほとんど行かなくり、スーパーフリーも新歓の時期以外は活動しない半ば休眠状態のサークルとなった。

代表者はヴェルファーレのバイトを2年半続け、「LADY JANE」というサークルのスタッフも務め、サークル運営のノウハウを学んだ。

ヴェルファーレのバイトを辞めて時間が出来た1998年4月に、代表者はスーパーフリーのイベントを六本木のクラブで開催。

500人以上が集まる「大成功」り、代表者はこの「大成功」を機にイベントにのめり込むようになる。

また、この「大成功」のイベントに早稲田大学以外の学生も関与したことで、スーパーフリーはインカレサークルとなり、初めての輪姦に手を染める。

最初の輪姦は、輪姦が既に活発に行われていた明治大学のイベントサークルとスーパーフリーを掛け持ちしているスタッフ(未逮捕者)から、「スーフリでもマワし(輪姦)をやりましょうよ」と代表者が提案されたことがきっかけであった。

その提案時の飲み会にはお酒をよく飲む女性が2人いた。

代表者らは泥酔した2人を自宅に連れ込み、5~6人で輪姦し、その後、警察沙汰になることもなかった。

代表者が具体的な指示を出さずに、サークルの後輩が勝手に輪姦の流れを作っていくようになり、犯行の手口はより洗練されるようになった。

巧妙化した犯行

この犯罪集団には共通の合言葉がある。

それは「ギャルは撃つための公共物だぜ」というもの。

撃つとはこの事件の特性上いかがわしい意味でとれ、又公共物と称することは若い女性を自分達の性欲処理の道具としか見ていない様な合言葉。

この犯罪集団は、相手を効率的かつ確実に酔い潰れさせる目的で飲ませた特性のドリンクがあります。

それがスペシャルサワーというもの。

この特性ドリンクは、世界一アルコール度数が高いスピリタスでサワーで作成。

高アルコール度数の酒を女性に飲ませることで、すぐに酔い潰し彼らの犯行をより円滑なものにすることが飲み物だった。

ひどく酔い潰した人の中には、嘔吐による吐しゃ物にまみたまま嬲られ続ける人もいたようだ…

このような行為を長期間において隠すことができたのは彼らの輪姦や隠蔽を円滑に行うため分業体制を作った事にある。

被害者の誘導、囲い込み、襲う、事後処理、隠蔽工作をチームごとに分担し、犯罪を円滑に行う姿は大学のサークルを隠れ蓑にしたまさにプロの犯罪集団。

では実際にどんな組織運営をしたのか、そのチーム構造から紹介する。

ギャルズ

このチームは犯行の流れでいう所の獲物の誘導、おびき出しの担当。

同性の相手に警戒心を解かせて会場等に来やすくさせる目的があった。

また連れてきた知り合いを差し出すこともあったようで、その場合、その知り合いとその友人を引き離す役目も持っていた。

謂わば知り合いを売るということ。

彼女らは献身的な働きを行うと、就職先などの優遇など幹部から恩恵を受けていた。

中には一度、被害を受けたもののギャルズとしてサークルに加わったという者も…

鬼畜班

このチームはその言葉の印象通り強姦の実行チームのこと。

基本的に構成員は10人程で構成され、彼らの団体で幹部と言われるメンバーで構成された。

いわゆる実行犯たちで女性をおもちゃのように扱って傷つけてきた張本人達。

この団体は支部が全国にあるため全国に同様の実行部隊があると考えられる。

実際に捕まった人以外の多くの元実行部隊のほとんどは逮捕されていない。

もちろん別のチームも同様の事を行った可能性がある。

和み班

このチームは40人程で主な役割は、実行チームが輪姦した後の被害者達のアフターフォローやその最低な行いを隠すための作業。

いわゆる隠蔽工作をしていた。

このチームには鬼畜班も兼任した者がいたと同時に輪姦の現場を見えないように隠すなど、実行部隊の援助に加担していた。

もちろんこのチームの多くは逮捕されていない。

強姦終了後の偽装工作

強姦終了後は、チーム問わず偽装工作に移る。

その内容は缶コーヒーをおごってあげたり、無理やり笑顔を作って集合写真をとったりといったもの。

後々、強姦が発覚してもその際の写真を見せることによって、合意の上のことと言い訳が出来ると考えていたようだ。

この常軌を逸した隠蔽行為は当時大きな話題となりその画像もネットに拡散。

なんとも卑劣で非情な行為だろうか。

『わずか』14人の逮捕

捜査のきっかけになったのは、起訴された3番目の事件の被害者が被害当日に警視庁麻布警察署に被害届を提出したことだった。

2003年6月19日、3番目の事件で輪姦を行ったスーパーフリーの代表者及び男子大学生メンバー4人の計5人が強姦容疑で麻布署に逮捕されたことが報道。

本事件は初めて世間に知られるところとなった。

当初容疑者らは「合意の上」と容疑を否認したが、犯行現場が非常階段踊場付近の玄関マットの上で、初対面かつ複数人の男たちと合意の上、行為に至ったという主張には無理があった。

6月22日にはスーパーフリーが解散し、6月30日には東京地検が容疑者のうち2名を準強姦罪で起訴。

その後、起訴1番目の事件について2003年7月31日に元男子大学生1人が新たに逮捕。

さらに2003年11月14日に、2番目の事件について男子大学生ら9人(未成年を2人含む)が新たに逮捕された。

2004年11月2日、代表者に対し懲役14年の実刑判決が下った。

被告人側は判決を不服として同年11月17日に控訴するも2005年6月2日に東京高裁は控訴を棄却。

2005年6月16日には最高裁第2小法廷に上告したが2005年11月1日付で棄却され、代表者を懲役14年の実刑が確定。

代表を除く13名には、供述の際にすべて代表者の指示でやったと発言し代表に全てを擦り付けようとした。

仮に指示の行動でも、被害者に対し卑劣な行為を行ったのは同じ。

13人には懲役10年〜2年4ヶ月の実刑判決が確定した。

スーパーフリー事件で捕まった人は14名で、捕まった人の中に、早稲田以外、東大や慶應大等のトップ大学や法政、学習院、日本大と有名私立大の人間も捕まった。

懲役14年はまだしも、一、二年でこのあまりにも卑劣な犯罪を犯した性犯罪者を世に放つとは、あまりにも短いと思われる。

主に逮捕されたのは、鬼畜班がほとんどで他の構成員は、何も具体的な罰等はなかった。

結局、あれ程多くの被害が出て、起訴されたのはたったの14人。

もっと言うとこの団体の活動期間みて幹部は何度か入れ替わっていると考えられる。

卒業などによる交代があったのであれば、もっと捕まるべき人がいるはずだ

言わずもがな、立件できなかったりと難を逃れた人の方が多いだろう。

事件の影響

この事件は大学のみならず、様々なことに多大な影響を及ぼした。

2003年度に6.2倍だった早稲田大学の受験倍率は、2004年度には5.5倍に下落。

この事件を契機に、強姦罪内に集団強姦などの条項が新設された。

2003年には自由民主党衆議院議員の太田誠一が本事件について「集団レイプする人は、まだ元気があるからいい。まだ正常に近いんじゃないか」と発言したことが問題となり、日本国内のみならず海外でも批判が相次いだ。

この直後、太田は第43回衆議院議員総選挙で落選。

さらに、早稲田大学OBでもある自由民主党衆議院議員の福田康夫が首相官邸内における番記者たちとの懇談の席上、太田発言について「太田さんは謝っちゃったんだね……。(略)だけど、女性にもいかにも「してくれ」っていうの、いるじゃない。そこらへん歩けば、挑発的な格好してるのがいっぱいいるでしょ」「ボクだって誘惑されちゃうよ」「そういう格好しているほうが悪いんだ」「男は黒豹なんだから」などと発言して物議を醸した。

2012年に東京都内在住の元スーパーフリー男性メンバーが、グーグルの検索結果によって名誉を傷付けられとしてグーグルのアメリカ法人を相手取り、検索結果の削除並びに損害賠償約1300万円を求める訴訟を東京地方裁判所に起こした。

2013年4月15日、東京地裁で小林久起裁判長は原告の主張を一部認め、表示差し止めと30万円の賠償を命じた。

同様の訴訟もあり、この件は東京地裁と東京高裁が、それぞれ原告の請求を退けており司法判断が分かれた。

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